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折り鶴

2014/10/15 19:34
お店の店内がからふるに見えるのは、折り鶴です。オープン当初、メニューぐらいしか貼ってなかったのですが、1人のお客様から始まり今になっています。最初、お客様から鉛筆と画ビョウありますか?と言われ、何に使います?と尋ねた所、願い事を書いて鶴を折って壁に飾っても良いですか?と答えられたので、思わず……どうぞ~って軽く言ったのが、今になっています(*^^*)御来店のお客様に取り皿と、先っぽに折り紙を巻いたお箸をお渡しします。その折り紙を使って皆さんが、お願い事を書き鶴にして、壁に貼って帰られます\(^o^)/今では少しずつ広まっています\(^o^)/

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お折り鶴についてすこし……折鶴(おりづる、折り鶴)は、正方形の紙を折って鶴に似せた形に作るもので、折り紙の一種。最もポピュラーな作品のひとつであり、折り方も簡単なため多くの世代に知られている。初心者向けの折り紙本の多くには作り方が掲載されている。

1枚の紙に切り込みを入れて、多数の折鶴を完全に切り離さずにくっついた状態で折る「連鶴」や、単体の折鶴を多数折って繋げていく「千羽鶴」などもある。他に尻尾を引っ張ることで羽を動かすものもある。また、折り終えた際に鶴の下部に息を吹き込むことで、胴体部分を膨らませることができる。

広島の七夕や仙台七夕などでは、七夕飾りの一つとして折り鶴を用いる。

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折鶴が文献に現れるのは江戸時代であり、井原西鶴の1682年に出版された『好色一代男』の中で、主人公の世之介が「比翼の鳥のかたち」をした「をり居(おりすえ)」をつくるという記述がある[1]。ただし『好色一代男』では図や絵がなく文章のみで書かれているため、「比翼の鳥」の折り紙がどのようなものなのかは定かではない。はっきりと折鶴が描かれるのは1700年に出版された『當流七寶 常盤ひいなかた』である。そのひいなかたの中の121番「落葉に折鶴」の項に、着物の模様として折鶴が描かれている[2]。

その後、折鶴を発展させた連鶴が誕生した。明確な形で連鶴が記載されているのは1797年京都で出版された『秘伝千羽鶴折形』である。しかし1800年前後の複数の錦絵(浮世絵)には連鶴と思しき連なった鶴が描かれており、『秘伝千羽鶴折形』以前から連鶴が存在していたと考えられている[2]。具体的には、少なくとも18世紀後半には江戸で連鶴が折られていたと考えられる[3]。


『秘伝千羽鶴折形』より「昔男」
『秘伝千羽鶴折形』はその後その存在が忘れ去られていたが、1957年に吉澤章が国際折紙研究会の機関紙「O・T通信」で発表し、更に同年の『週刊朝日』の書評欄で紹介されたことにより、一般の人にも広く知られることとなった[3]。

現在折り鶴や特に千羽鶴を、病気快癒・長寿の願いをこめて入院患者へ贈るという習慣がある。この理由の一つには「鶴は千年、亀は万年」という慣用句があることがあげられる。また広島市への原子爆弾投下により被爆し、後に白血病で死亡した佐々木禎子が、生前に病気の恢復を祈って折り鶴を折り続けたというエピソードも広く知られている。佐々木禎子のエピソードや千羽鶴・折り鶴はカルル・ブルックナーの"Sadako will leben"(サダコは生きる)やエレノア・コア (en:Eleanor Coerr) の"英:Sadako and the Thousand Paper Cranes"(サダコと千羽鶴、en) によって広く英語圏にも知られることとなった[4]。そのため千羽鶴は世界平和の象徴としてとらえられ、広島平和記念公園などに供えられているそうです。(Wikipediaより)










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